医療の選択 桐野高明 岩波新書
著者は、東京大学医学部長、東京大学副学長、国立国際医療研究センター総長、国立病院機構理事長等を歴任し、現在東京大学名誉教授である桐野高明氏である。本書は、日本の医療のあり方を考えた時に論点となるであろうことについてより具体的な例を出しながら説明している。その上で読者ひとりひとりにそれぞれの論点について考えさせ、今後の日本の医療のあり方を考えさせようとしている。つまり、著者自身の考えや提言等などなく、それらを期待して読んだ人には少々面を食らうかもしれない。しかし、このような内容となったのには、後述するように著者なりの理由があるためである。まずは、提示された論点を紹介する。
- 日本に合うのは米国の制度か?イギリスの制度か?
- 社会保障は経済成長を妨げるか否か?
- 小さな政府か?大きな政府か?
- 医療費は無料か?一部自己負担か?全額自己負担か?
- 医療費は市場が決めるべきか?政府が決めるべきか?
- 混合診療は拡大するべきか?制限するべきか?
- 介護の主体は家族か?社会か?
- 医療・介護は、病院か?施設か?自宅か?
- 開発推進は、米国に倣うべきか?独自に行うべきか?
本書の特徴は、それぞれの論点を提示する前に論点を考える上で必要になるであろう情報をあらかじめ提示し、その情報を日本に適応した場合に起こりうることを提示するところにある。例えば、1の「日本に合うのは米国の制度か?イギリスの制度か?」では、まずアメリカの医療制度やそれに伴ってアメリカで起きていることを提示し、さらに比較としてイギリスの医療制度やそれに伴ってイギリスで起きていることを提示する。その上で日本がどちらかの医療制度を採用した場合にどんなことが起こる可能性があるのかを説明している。それらの情報をもとに最終的に論点に対してどんな選択をするのかを読者は問われているのである。このように読者に考えさせるスタンスになったのは、著者の次のような考えからである。
医療制度の選択は、どの制度が経済的に効率が良いか、医療の質がより向上するか、医薬品や医療機器の開発がより効率化できるか、あるいは政府の負担分を少なくできるか、とうような単純な問題意識をはるかに超えている。それは、一国の国民が、何をもって自分たちの生きる価値と考えているか、何をもって共有するべき価値観とするかに関係している。
結局は、「どうあるべきか」というより「どうありたいか」。国民ひとりひとりがどんな価値観を共有するのか。そこを問われている。さらに医療制度の選択が価値観と関係しているのであるならば、それを変えようとするということは、価値観を変えることと同義であることになる。そうなると、価値観を変えることはそう簡単にはいかないため、結局のところ、今の制度を維持するにはどうすべきかという方向に議論が進むのではないだろうか。